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先日、僕は、とうてい信じられない都市伝説を耳にした。
友人いわく

「南阿佐ヶ谷に、サラダーバーのある松屋が存在しているらしい」

のだそうだ。
そんな、バカな。
松屋といえば、飢えた男どもが、牛の死肉をむさぼり食らう場所。もっとも、サラダバーが似つかわしくない店ではないか。
真否を確かめるべく、僕は「松屋 南阿佐ヶ谷店」に急行した。
 




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▲一見、いつもと同じ

噂になっている『松屋 南阿佐ヶ谷店』に到着。
マーボ豆腐セット、豆腐キムチチゲセットなどを宣伝しており、一見、いつもの松屋だ。
空腹を1コインで満たしてくれる、魅惑の肉ワールド、松屋だ。



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▲女体を思わせる柔らかなロゴマーク

しかし、入り口に書かれているロゴマークが違う。かわいい。あまりにも、かわい過ぎるのだ。
女体を思わせる、ふわふわと丸く、温かいフォント。なにかが、おかしい。あまりにも軟弱だ。


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▲霊的で無骨な、いつものロゴマーク

いっぽう、いつものロゴマークはこう。
陰陽道のシンボルマークに酷似した、無骨で、霊的なデザイン。文字のフォントも、ゴツゴツと角ばり、古代ギリシャの格闘家を思わせる。
これこそ、まさに、男の食欲を狂わせる魅惑の肉ワールド、松屋のロゴマークのはずだ。



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▲メニューには女子高生の大好物ドリアが

軟弱なのは、ロゴマークばかりではない。
メニューに、なんと、ドリアがあるのだ。女子高生がもっとも好きな食物、ドリアがだ。そのうえ、さらにスープまで付くと言う。僕らの松屋は、日本の味、味噌汁一本だったはず。スープ、あぁ、スープだなんて。
これでは、まるで、サイゼリアではないか。壁に、ムチムチした天使の絵がやたら飾られていて、ミラノ風ドリアが大人気の、サイゼリアではないか。
松屋の経営コンセプトは「みんなの食卓でありたい」だったはず。これでは、女子高生の食卓になってしまう。



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▲サイゼリアと見まごうばかりの明るい店内

店内はテーブル席メインで構成されており、暖色系の温かい照明でこうこうと照らされている。
僕らの知っている、殺伐とした、怒声のいきかう松屋は、どこにいってしまったのだろう。

案の定、女子高生が2グループもいた。
通常、松屋に女子高生が来るなんて考えられない事態である。
しかし、この南阿佐ヶ谷店では、さも当然の光景として受け入れられている。
あとは、壁にムチムチした天使の絵を飾りさえすれば、完全にサイゼリアである。

漏れつたわる話し声を聞くと、女子高生たちは、化学の勉強をしているらしい。
「モル係数が…」「塩化ナトリウムの結合が…」などと難解な言語を巧みにあやつっていた。
ああ、なんという、IQ。もはや、サイゼリアですらない。ハーバード大学の学食だ。



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▲噂のサラダバーは存在した

噂のサラダバーは、レジ脇に、確かに存在した。
色鮮やか。黄色に、緑に、紫に。お花畑に迷いこんでしまったような錯覚を覚えた。

僕らの松屋には、色なんて無かった。
肉の黒と、飯の白だけ。モノクロの世界だった。
テレビがモノクロからカラーに移行したように、松屋も色を求め、進化した。
昔の記憶にとらわれすぎた僕らは、もう過去の遺物なのかもしれない。



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▲ドリンクバーまで存在していた

ドリンクバーだってある。
カルピスに、QOOに、メロンソーダ。青春を代表する飲み物が勢ぞろいだ。

僕らの松屋には、なんだかよく分からない、変なお茶しかなかった。
あの妙に苦くて、変なお茶。ドクダミ茶なのか、プーアル茶なのか、謎の変なお茶。
ああ、過去の遺物と呼ばれても、良い。あの変なお茶が、今はこんなにも、恋しい。



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▲「鉄皿チキンセット」530円+「ドリンクバー」180円+「サラダバー」250円

松屋で、メロンソーダを飲める日が来るなんて、誰が想像しただろう。

「くそっ、なにがポテトサラダだ」

落胆しながら、口に運んだポテトサラダ。…おいしい。…お母さん。
懐かしくて、優しい味のポテトサラダに、母を感じた。

「そんな…嘘だ、旨いわけがない!」

湧き上がる温かい感情を否定するかのように、南阿佐ヶ谷店オリジナルメニュー、鉄皿チキンをほおばる。
乱暴ながらも、包み込んでくれるような肉の触感。
…お、お父さん。
これは、お父さんだ。

ポテトサラダが優しくて、鉄皿チキンが雄雄しくて、メロンソーダの緑が美しかった。
僕は、自然と、涙を流し、ごちそうさまをつげた。