978f7121

その道30年。片手袋研究家、石井公二さんによる連載「この世界の片…手袋に」の第1回です。
路上に落ちている片手袋を研究する苦悩や葛藤を熱弁されております。


(著者:片手袋研究家・石井公二






【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。




☆辛い…


ここ数日、片手袋研究家として私が書ける事とは何なのか、ずっと考えていた。


そもそも片手袋とは何か?
それはいろんな場所で見かける片方だけの手袋の事だ。

では片手袋研究家とは何か?
それは片手袋を研究する者の事だ。

簡単だ。百文字以内で説明できる…筈だった。12年前、片手袋研究家を名乗り始めたあの日。私は出口のない巨大な迷路に足を踏み入れてしまった事に全く気付いていなかった。


知るという事は知らない事を知る事だ。分かるという事は分からない事を分かる事だ。
長年片手袋を研究し続け色々な謎を解明してきた結果、むしろ私は片手袋について何一つ断定的に語る事が出来なくなってしまった。


片手袋とはいろんな場所で見かける片方だけの手袋の事、なんだろうか?片手袋研究家とは片手袋を研究する者の事、なんだろうか?


「なんだろうか?」といきなり問いかけられても「知らねーよ!」と皆さんは思うだろうが、当たり前だと思っていた事すら分からなくなっていく底なし沼のような怖さと私は日々戦っているのだ。
うん、これこそ片手袋の魅力の前にまず私が書くべき事に違いない!


少々取り乱しました。
ただでさえ一般性のない片手袋の話なのに、初っ端から抽象的な分かりづらい話から始めてしまった。
まず「分かれば分かるほどに分からなくなっていく」という感覚を理解してもらえるように、具体的な例を示さなくては。


なお、事前に東京別視点ガイドが僕にインタビューして下さった昨年の記事を読んで頂ければ、これから書いていく事がより理解しやすくなると思います。





☆片手袋を分類してみる


「どうも、片手袋研究家の石井です!」。私がそう挨拶すると、相手の表情は必ず曇る。それを察した私は、「どうだ!」とばかりにすかさずこの片手袋分類図を差し出す。


①


怪しい者ではない事、ふざけているのではない事、真剣に12年間片手袋について研究してきた事を分かってもらう為だ。

しかし分類図を見て私の本気度を理解すればするほど、相手の表情は大抵初めよりさらに曇っているのだから悲しい。
「こいつ、完全におかしな奴じゃねーか!」。


しかし、それでもやはりこの分類図こそ長年研究を続けてきて得られた最大の成果であるから、ちょっと真面目に解説させて欲しい。


片手袋研究家の役割は多岐に渡るが、路上で出会った片手袋を撮影していく事は基本中の基本である。
十枚、二十枚くらいではそれぞれの違いなど分からなかったが、写真も千枚を超えてきた頃、「これは動植物のようにタイプ別に分類できるんじゃないかな?」と気づいた。
そこで私は片手袋を三段階で分類する事を思いついたのである。





第一段階:手袋の使用目的で分ける

②

まず落ちている片手袋がどのような目的で使用されていた手袋なのか?に注目する。
パッと見ただけでも一番違いが分かる特徴だ。手の保護・滑り止め・衛生・オシャレ・防寒。
一口に手袋と言ってもあらゆる目的別に様々なものが用意されている。

それは同時にあらゆる場所に片手袋が落ちている可能性を示唆しているし、多くの人が抱く「片手袋は冬のもの」という認識が誤りである事も意味する。





第二段階:片手袋が発生するまでの過程で分ける



③


④


色々と細かく分類されてはいるが、一番重要なのはこの第二段階であるといえる。

「放置型」は路上などに落とされたままポツンと存在している片手袋。
「介入型」は落ちている片手袋を誰かが拾い上げ落とし主の見つけやすい場所に移動してあげた片手袋である。

片手袋と聞いてすぐに落とし物というイメージを思い浮かべる方もいると思うが、拾われ物でもあるのだ。落とした人や拾った人の物語が目に浮かぶ。片手袋が持つ魅力の一つだろう。
一番最近の改訂でここに「実用型」という第三の片手袋を追加したが、これについては説明が難しいのでいずれまた別の機会にでも。





第三段階:片手袋の置かれた状況や場所で分ける

⑤

第一段階であらゆる場所に片手袋が落ちている、と書いたが、それでも出会う確率の高い状況や場所が存在する。それらを放置型と介入型それぞれに分けたのがこの第三段階である。





☆分類などしてしまったばかりに…

長年かけて確立した分類図だし、修正や追加を繰り返し(現在第七版)精度を高めるよう努力しているのだが、実のところこの分類図には色々と問題もある。


例えば第二段階。
放置型や介入型というのはあくまで私が出会った瞬間の話であって、一つの片手袋が辿る運命はもっと複雑なのだ。



⑥


⑦


⑧


このように同じ片手袋が放置型になったり介入型になったりさらに場所が変わったり、という変化を繰り返している訳で、私がたまたま町で出会った片手袋がどの段階にあるのかを判別するのは不可能なのである。
これは片手袋を分類する、という行為の根幹を揺るがしかねない大きな問題だ。


さらに一番細かく分類できているように見える第三段階にも大きな問題がある。
はっきりいって、ここに載っていない、分類できない片手袋の方が多いのである。私は今までに四千枚程の片手袋と出会ってきたが、この分類図にカッチリと当てはまるものはごく僅かで、その他多くの片手袋は分類の中間だったりあるいは全く意味不明のものだったりするのだ。


⑨


⑩


⑪


つまり。私が一生懸命取り組んで片手袋分類図を確立した結果、確実に分かったのは「分類できない片手袋の方が多い。なんなら分類は不可能かもしれない」という厳しい現実だったのである。
分かりやすいイメージにまとめるとこういう感じだ。



⑫


分類図に収まりきらない片手袋世界の無限の広がりに気付いてしまい、謎はより大きなものになってしまった訳だが、分類図内の片手袋にしたってそれは同じなのだ。

例えば比較的最近分類図に加えた「軽作業類放置型海辺系片手袋」。





☆渚の片手袋にまつわるエトセトラ


私は数年前からとある事情により、定期的に千葉県の内房を訪れている。
その際必ず食べに行く海鮮料理屋があるのだが、その店の前に小さな砂浜があり食後にそこでぼーっとするのが恒例となっている。


さて、初めてその砂浜に降り立った時の事なのだが、何か言いようもないオーラを感じたのである。


「…奴だ。奴がいる」


はたしてその直感は正しかった。
ふと辺りを見回してみると、私を取り囲むように砂浜には無数の片手袋が落ちていたのである。


⑬

この時は小さな砂浜に15枚ほどの片手袋が落ちていた。
特徴としては全て軽作業類(軍手等)やゴム手袋類で、不思議と左右揃いのものはなく片手袋ばかり。

これらの片手袋はどこか近場の特定の場所から流れてくるのか?
いろんな場所で海に落ちた片手袋がこの辺りの海流の関係でこの砂浜に集まってくるのか?
もしかして「名も知らぬ遠き島より…」的な事なのか?


この現象に気づいてしまった以上、内房に行った際のルーティンにこの砂浜で片手袋を探す事が追加されたのは言うまでもない。私は片手袋研究家なのだ。
この五年で十回近く足を運んだが、いつ行っても必ず大漁である。


こうなってくると他の砂浜も気になってくる訳で、旅行などで海沿いに行くと必ず片手袋を探すようになってしまった。私は片手袋研究家なのだ(二回目)。私はまだ良い。楽しい旅行の最中でもこのような事に付き合わされている私の家族の気持ちを考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいである。改めるつもりはないが。



⑭
▲伊東の漁港


⑮
▲横須賀の海岸


その結果、やはり海岸沿いや漁港などは地域が違ってもかなりの確率で片手袋が落ちている事が分かってきた。
そのような場所ではそもそも手袋を使用する機会が多いので、それが片方だけなくなる確率も必然的に上がる。それは分かる。
しかし、あの砂浜程の密度で落ちている場所は未だに見つかっていない。


確実な発生理由は分からない。しかし圧倒的な量だけはある。
かくして不完全な状態ではあるが「軽作業類放置型海辺系片手袋」を分類図に追加する事にしたのである…が。


先月、また内房に行く機会があったのであの砂浜に立ち寄って驚いた。
なんと片手袋が一枚も無かったのである!いやいや、無いパターンもあるんかい!




⑯


整理してみよう。まず「内房のとある砂浜に大量の片手袋が漂着(?)している」という発見があった。しかしその発見は、


①なぜそんな現象が起きたのか?

②日本全国、他の砂浜でも見られる現象なのか?

③ある場合とない場合の違いはどのようにして起こるのか?


といった複数の謎を新たに連れてきてしまったのである。
その結果、「軽作業類放置型海辺系片手袋」一つとってみても、


・内房に行った際には必ずあの砂浜を調査する

・海沿いに出かける事があればそこもチェックする

・砂浜の漂着物をテーマにした作品があると聞けば美術館にチェックしにいく


といった作業を繰り返さなければならないのだ。




⑰
▲故ヨーガン・レール氏は片手袋でなく漂着するビーチサンダルに着目し作品を制作した


その他、片手袋にまつわる全ての事象にこのような苦労がもれなくついて回る。





☆この世界の片…手袋に


分類図を確立すれば分類できない片手袋の存在に気づいてしまい、砂浜の片手袋に気づけばそれに関連する謎が増えてしまう。やってもやっても迷路のゴールは見えず、やらなければならない事も増えていくばかりの片手袋研究は基本的に、辛い。


誤解しないで欲しいのだが、私は決して暇だから片手袋に打ち込めるのではない。
皆様と同じように仕事をし、家族を持ち、もっと一般的な趣味も他にあり、片手袋以外の人生の深淵なる謎に立ち向かい生きているのである(分かりやすいイメージ参照)。



⑱


ならば私が片手袋研究の辛さを書けば書くほど、皆さんはこう思うだろう。
「やめりゃあ良いじゃん!」。

しかし自分でも不思議なのだがそれには秒速でこう答える。
「何を非常識な!死ぬまでやり続けるに決まってるじゃないですか!」と。

ありがちな話だが、片手袋研究最大の謎は私自身だったのだ。
「なぜ、こんなに辛い思いをしているのに片手袋研究をやめられないのか?」。


勿論それに対する答えは見つけられていない(恐らく死ぬまで)。
しかし、私が片手袋研究の楽しさより前に辛さやしんどさから話を始めたのは、それでもなお研究をやめられない魅力が片手袋にはある、という事を伝えたかったからなのだ。
その魅力の引力はとても強く、色々な事が分からなくなればなるほど「辛い」と言いながら顔がにやけてくる自分がいる。


現段階で断定的に語れる事は少ないにしても、「片手袋は生活や行動や思想や表現、人間社会のありとあらゆる側面に関係しているらしい」という実感だけは本物だと思う。
「私は今、片手袋を通じて人間の根幹に少しだけ触れた気がする」。たまにやってくるそんな手応えが、私を狂わせている要因の一つかもしれない。


この世界の片隅にある片手袋が投げかけてくる謎と面白さを、これから定期的に皆様にお伝えしていきたい。
東京に吹く風も少しずつ冷たくなってきた。誰でも容易に片手袋を発見できる季節がそこまで来ている。「馬鹿な事やってらぁ」と笑いながらも、少しだけ町で見かける片手袋が気になってくる。そんな変化が皆様にも訪れてくれたら嬉しい。
もう、自分一人だけじゃあ辛すぎるのよ!




⑲


よろしくお願い致します。




【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。