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その道30年。片手袋研究家、石井公二さんによる連載「この世界の片手袋に」の第3回。
今回は強い物語性を持った『子供用片手袋』の魅力に迫ります。


(著者:片手袋研究家・石井公二






【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。




☆子供が失くしたぬいぐるみ



「お父さん、フモがいない」

数年前。子供が泣きながら母親と帰ってきた。
フモとはうちの子にとって、それがなければ眠れない程大事にしていたいわゆる“ライナスの毛布”的なぬいぐるみだ。
母親の漕ぐ自転車の後ろに乗っている時、いつの間にか落としてしまったらしい。


見た事ないほどに泣き叫ぶ子供。大事な友達が突然一人いなくなってしまったような感覚なのだろう。
しかしどこで落としたのか分からないので、探しようもない。
困り果ててしまったが「一生懸命探しました」という態度だけでも見せて納得してもらう為、その日通ったという経路を探しに出た。既に夜も更けており、見つかる筈もない。
仕方ないので帰宅して子供に説明するが、納得してくれない。


今度は「お巡りさんにも聞いたけど駄目だった」という既成事実を作る為、近所の交番に駆け込んだ。
事情を説明すると、思いの他詳細にぬいぐるみについての情報を聞かれた。落としたと思われる場所の範囲やぬいぐるみの形状。



「じゃあ、お父さん。最後にぬいぐるみの絵を描いて貰えます?」

予想もしていなかったこの一言に、青ざめた。
突然だが、私は絵が下手なのである。それはもう、絶望的に。
ぬいぐるみ一つで大騒ぎして交番に駆け込んだ時点で少々こっぱずかしいのに、それ以上の辱めを受ける事になるとは。


その時描いたのがこの絵である。




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あまりに酷いので記録してしまった。
「ご迷惑おかけしました!」と叫び、逃げるように交番を飛び出した私であった。


それから数か月後。
ぬいぐるみを失くした悲しみは消えないものの、ほとぼりは冷め始めていたある日。私の携帯電話に見知らぬ番号から着信があった。


「あ、もしもし。○○警察署ですけど。ぬいぐるみ、見つかりましたよ」

えええええええっ!あの似顔絵で判明したの!凄すぎる!
慌てて警察署に赴くと、親切なご老人が近くの交番に届けて下さったとの事。




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ご老人が拾ってくださったのは落とした日からだいぶ経ってからの出来事で、落ちていた場所も何故かあの日の行動範囲から遠く離れていた。
一体ぬいぐるみはどこをどんな風に旅していたのか?


ぬいぐるみを大事に抱きしめた私は、「礼はいらぬ」と去っていたご老人と警察のシステムの凄さに感謝しながら署を後にした。
家に帰ってきてぬいぐるみを見つけた子供が大喜びしたのは言うまでもない。





☆子供の靴は脱げる。手袋は落ちる


この世の中に落ちているものは数あれど(もはや「落ちていないものはない」と言っていいほどに)、子供に関する落とし物は何故あんなにも愛おしく悲しいのか?
それは落とし物一つ一つの背後に、冒頭記したような子供やその家族の物語が透けて見えるからではないか? 


例えば子供用の靴。
親は子供を自転車の後ろに乗せていると落ちた事に暫く気付けないので、非常に多く見かける落とし物だ。




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▲この子、異人さんに連れられて行っちゃってないだろうな?


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▲何故か信号のこの場所は介入型子供用片靴の定位置である


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▲子供用片靴の為なら鳥が息苦しくても構わないのか?


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▲放っておけない何かがあるのか、子供用片靴はきちんと介入されている事が多いように思う


良いよね~。子供の片靴、良いよね~。


…いきなり連載の主旨も忘れ靴の話に夢中になってしまったが(まあ片手袋なんてやってると何でも撮っちゃうんですわ、結局)、片手袋もそれは同じ。
「背後にある人間ドラマを想起させる」という点はどの片手袋にも共通する事だが、やはり子供用片手袋は一味違う。




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これは2005年に11月に酉の市で賑わう神社の境内で撮影した一枚。私が片手袋研究を開始した年だ。
思えば「ああ、片手袋って悲しい存在だな」と最初に強く感じたのが、この皆に踏みつけられていくピンクのミトンを見た時であった。




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これはその一か月後の12月に撮影した一枚。
実はこれが最初に遭遇した介入型の片手袋(誰かが拾ってあげた片手袋)なのだ。つまり片手袋の悲しさと温かさ、どちらも子供用の片手袋によって気付かされたのである。




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放置型と介入型、どちらもイチゴ柄。おそらく女の子が落としたのであろう。
家でシュンとなっている子供が目に浮かぶようだ。




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これが男の子用だと、なんとなく笑ってしまうとぼけた感じに見えるのは私だけであろうか?
仲の良い友人同士が対戦ゲームで盛り上がり、興奮したまま忘れて行ってしまったのだろう。
ナイキVSアディダスになっていたのも出来過ぎている。




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ジバニャン柄の放置型片手袋。
ジバニャンって車に轢かれた猫の地縛霊ですよね?
それがキャラクターグッズになってもまだ車に轢かれそうな路上に放置されてるなんて…。


想像ではなく、実際に子供が大事にしていた事が理解できるものもある。




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この仮面ライダーウィザードがプリントされた片手袋と出会ったのは、2015年の1月。
しかし家に帰ってから調べてみると、ウィザードの放送終了は2013年の9月であった。
つまり、この子は放送が終了してから一年以上も大事に使っていた手袋を落としてしまったのだ。
そう考えると、このプリントの掠れ具合が余計心に迫ってくる。




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これは銀杏の落ち葉も美しい東京大学構内を散歩している時に出会った。
東京大学というと日本を代表する秀才達が日々しのぎを削り研鑽を重ねる修験場のような場所をイメージしてしまうが、犬の散歩や子供の遊び場として地域に開かれている一面もあるのだ。
この片手袋一枚からもそんな事が窺える。


子供用の片手袋が寂しく見えるからだろうか?
拾われた他の落とし物がその周辺に集まりだして賑やかになっている事がある。




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これは手前の子供用片手袋が先にあり、奥の子供用片手袋が後から増えていた。




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これらは子供用と大人用が寄り添っているパターン。
特に一枚目は手前の大人用両手袋がアンパンマンの片手袋を守ってあげているように見える。




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これは色んな種類の落とし物が集まって、即席の遺失物集積所になっているパターン。
ハンドタオル二枚のおかげで、子供用片手袋が寂しく見えない。




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これは家の近所で出会った介入型片手袋なのだが、今までご紹介してきたのと違い大人用である。
実はこれ、たまたま知り合いの家の前にあったので、この片手袋が誕生する背景を伺う事が出来た。


ある日、このお宅のお子さんが家の前に落ちている青い片手袋に気付いた。


「落とした人が可哀そうだから何とかしてあげたい」

そう考えた子供はお母さんに相談し、家にあった空き箱を利用し即席の落とし物コーナーを作ったのである。
「おとしもの入れ」の字もお母さんと一生懸命に書いたのだそうだ。

放置型でも介入型でも、やはり子供が関わってくると片手袋の背後にある物語が数倍も豊かに立ち上がってくる気がする。





☆絵本の中の子供用片手袋

子供用の片手袋と出会えるのは路上だけではない。


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『ふたつでひとつ』かじりみな子(偕成社)


これは今年11月に出版された『ふたつでひとつ』という絵本の中の1ページである。
絵本の内容を偕成社のHPから引用させて頂くと…



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手ぶくろの片方をなくしてしまった女の子。

 近所の人にきいたり、交番でたずねたり、と手当たり次第にさがしますが、見つかりません。

 「ママがわたしのためにあんでくれた、たいせつな手ぶくろなのに…」

そう思いなやみながら道を歩いていると、目の前を1匹のネコが横切ります。

 見るとその口には、前を行くベビーカーの赤ちゃんが落とした靴が。

 「あっ! こらまてー!」

 女の子はネコを追いかけますが、ある路地のつきあたりの家に逃げ込んでしまいます。ぜんぜん知らない家でしたが、女の子は勇気をだして中に入っていきます。

その家のあるじは、どんな人なのでしょう。そしてたいせつな手ぶくろは、いったいどこへいってしまったのでしょう。



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子供用片手袋に交番に子供用片靴まで。これはもはや私の為に描かれたといっても過言ではない内容じゃないか!
しかも不思議な事にこの絵本、私の大学時代の友人が勤めている偕成社から出版されたのだ。


「もしかして友人を通じてお願いしてみたら、作者さん本人とお話出来るのではないか?」

それから数か月。
色々な方のご尽力により先月12日、谷中のひるねこBOOKSさんにて、絵本作家のかじりみな子さんと私のトークイベントが実現した。
かじりさんこそ片手袋が重要な役割を果たす絵本、『ふたつでひとつ』を偕成社より出版なさった張本人である。




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『ふたつでひとつ』かじりみな子(偕成社)


「私の為に描いてくれてありがとうございます!」

こんな頭のおかしい初対面の挨拶をしたくなる衝動を必死に抑え、まずは「どんなお子様でしたか?」という穏当な質問からイベントをスタートさせた。
しかし、この当たり障りのない質問が驚きの事実発覚の呼び水になるとは、私も含め会場にいた誰もが想像していなかった。


「ちょっとこれを見て下さい」

かじりさんはそう言って、僅か4歳の時に描いたという最初の絵本を鞄の中から取り出した。




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なんと片手袋の絵本ではないか!
タイトルの『おこうゆぐ』とは当時のかじりさんが覚えたひらがなを繋げたもので意味はないそう。
何故片手袋を題材に選んだかと言えば、おそらく『てぶくろ』(エウゲーニ・M・ラチョフ 絵/内田莉莎子 訳 福音館書店)という絵本の印象が強かったからではないか?との事。


これを聞いて私はさらに驚いた。いろんなところで話しているが、『てぶくろ』といえば私が小学一年生の時に読んで片手袋に興味を持つきっかけとなった絵本なのである。
絵本作家と片手袋研究家。まさかお互い、同じ絵本がルーツになっていたとは…。


そういえば『ふたつでひとつ』はかじりさんにとって二冊目の絵本なのだが、デビュー作の『ゆきがふるまえに』を読んでいて気になる事があった。
物語とは全く関係ないのだが、あるページの背景に片方だけの手袋が描き込まれていたのだ。


「かじりさん、あなたもしかして私と同じ種類の人間なのではないですか?」

興奮して謎の質問を投げかけてしまったが、ご本人は意識せずに描いていた様子。
しかし、気付いていないのならなおさら、幼き日に心に刻まれた片手袋の印象は無意識のレベルにまで影響を与えていると思わざるを得ない。


そして話は肝心の『ふたつでひとつ』を制作するに至った動機について及んだ。




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元々はご自身が大切な手袋を片方失くされた経験から着想されたそうだが、実は一度物語を完成させられず中断していたのだそうだ。
その間、子育てをする中でお子様がよく物を落としてくる事や、介護の職を経験なさった事などが影響し、『ふたつでひとつ』は完成に至ったのだという。


片手袋研究の主な活動の一つに、「実際に町で出会う片手袋とは別に映画や漫画や本などに登場する片手袋を記録する」というものがある。




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本当に様々な創作物に片手袋は登場するが、特に絵本は多くの例を見いだせる。
先程述べたように、私の片手袋研究のきっかけになっているのも絵本『てぶくろ』だ。


落とした側の話、拾った側の話、片手袋自体が擬人化され主人公になっている話。
それぞれの作品に違いや特徴はあるが、何故か絵本に出てくる片手袋は他ジャンルと比べ子供用が多い気がする(『てぶくろ』は老人の片手袋だが)。

何故だろう?




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▲子供用片手袋が出てくる絵本の数々


勿論、多くの場合物語の受け手が子供であるのだからその方が感情移入しやすい、というのはある。
しかしもう一つ、「子供用片手袋が持つ“物語の豊かさ”が刺激となり、絵本作家を創作に駆り立てるのではないだろうか?」というのが私の仮説だった。


今回、初めて作者ご本人に話を伺う機会を得たわけだが、『ふたつでひとつ』の制作背景にお子様の落とし物の影響もある事を聞き、「私の仮説はあながち間違っていなかった」という手応えを得る事が出来た。


他にもたくさん興味深いお話を伺う事が出来たのだが、不思議なエピソードをひとつ。
この日の為にかじりさんは手袋のピアスを作ってつけてきてくれたのだが、




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見事に片方だけどこかに落としてしまったのである。
自分や子供が片方失くした手袋から片手袋の絵本が生まれ、それを聞きつけた片手袋研究家に呼ばれたら手袋型のピアスを片方失くす。
物語の循環はまだまだ終わりそうにない。





☆片手袋冬シーズン開幕

いよいよ寒さも本格化し、冬型の片手袋とも多く出会うようになってきた。


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早くも子供用の片手袋とも出会っている。
私は「片手袋博愛主義」「片手袋に貴賎なし」を掲げ、どんな片手袋とも等しい態度で接する姿勢を大切にしているが、色んな物語を生み出してしまう子供用片手袋には少々甘い一面があるかもしれない。
この冬はどんな出会いが待っているだろうか?


さて、『この世界の片手袋に』の更新はこれで年内最後。
ただでさえニッチ過ぎる片手袋というテーマなのに、それをさらにニッチに掘り下げているのだから、読んでくださっている方々には本当に感謝しております。
来年もよろしくお願い致します…の前に、12/8に開催される「別視点ナイト」には私も出演します。
また色々とくだらない話をすると思いますが、是非会場でお会いしましょう!



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 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。