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その道30年。片手袋研究家、石井公二さんによる連載「この世界の片手袋に」の第4回。
そもそも片手袋とはなんなのか。定義づけをするだけですが、とんでもないことになっています。






【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。



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☆片手袋の定義

片手袋研究家。私が名乗っている肩書。
しかし、時々自分自身で「ケッ!しゃらくせ~!」と思ってしまう。世界で一番片手袋の事を知っているような態度を取りやがって。

「マニアとは誰よりも知っている人の事ではなく、誰よりも自分が知らない事の多さを自覚している人の事である」

自戒を込めて私が度々口にしている言葉である。
事実、片手袋を知れば知るほど、研究すれば研究するほど、むしろ最初より分からない事が多くなってしまっている。
つまり“片手袋研究家”などと偉そうに名乗っている私の実態は、「世界で一番片手袋について知らない事が多い人間」なのである。
だって片手袋に興味がない人は、片手袋について分からない事なんてないでしょう?

心の緩みは片手袋の緩み。
やはり今年も気を引き締めて研究に取り組まなければならない。よし。2018年最初の『この世界の片手袋に』では、あえて「私がどれくらい片手袋について分かってないか?」について書こうじゃないか。

十数年片手袋研究を続けてきても、「未だに私は登頂口にすら辿り着いていないな」と感じる最大の要因。
それは「片手袋の定義すら出来ていない」という事である。


「片手袋とは町に落ちている片方だけの手袋である」。
普通に考えればこの定義で十分に思える。実際、私も研究を始めた初期、そして今でも時間がないときはこれで済ませてしまう。
しかし、本当にそうだろうか?

「片手袋=町に落ちている片方だけの手袋」

普通に考えればこの定義で十分に思える。実際、私も研究を始めた初期、そして今でも詳しく説明する時間がない時はこれで済ませてしまう。
しかし、本当にそうだろうか?





☆片手袋が発生する可能性のある場所

まず気になるのは「片手袋=町に落ちている片方だけの手袋」の“町”の部分。

確かに人間が人間としての暮らし・行動・生活をしている中で生まれるのが片手袋であるから、それらが複雑に絡み合う町では沢山の片手袋が発生する。


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だが、この写真を見て欲しい。

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近年注目している、「軽作業類放置型海辺系片手袋」。
人っ子一人いない寂しい浜辺でも片手袋は観測出来る。




もしくはこれ。

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箱根に行ったら立ち寄る人も多いだろう大涌谷での一枚。
この場所を“町”と認識する人は皆無だろうが、人間の行動範囲である以上ちゃんと片手袋は発生する。




さらにこの表を見て欲しい。

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これは前回も紹介した古今東西あらゆる創作物に登場する片手袋の一覧。
そう、海辺や山なんてまだ分かりやすい方で、片手袋は創作物の中にも発生するのだから複雑だ。





☆片手袋とは落とし物なのか?

であるならば、定義を変えなくてはならない。

「片手袋=手袋が使用される可能性のある場所全て(時には創作物内)に落ちている片方だけの手袋」

よし、これでOKだ!




…だが待てよ。“落ちている”?

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そう、この連載でも口を酸っぱくして何度も書いている通り、片手袋は落ちているだけではない。
上の写真は全て落ちているのを“拾われた”、介入型片手袋だ。




それに実用型片手袋の問題もあるぞ。

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これらが実用型片手袋。
落ちたままの放置型や拾われた介入型と全く違い、明確な役割や意図があってわざと片方だけになっている手袋だ。
上の写真を順に解説すると、焼き芋の屋台で片方だけ使われている軍手、駐車場のポールに車が傷つかないよう被せられている軍手、トラックのオイルキャップが外れないよう被せられている軍手だ。




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これは神宮のバッティングセンターで見かけたポスターだが、なんと実用型は売られている時すらある。
僕はやらないので詳しくは知らないが、これはゴルフ用グローブでも見られる光景らしい。

実用型は私が片手袋に魅かれる理由からは若干逸れているが、「片手袋」と名付けてしまった以上、やはりこれも記録し続けていかねばならない。





☆片方とは何か?

これらを踏まえ、再度定義しなおしてみる。

「片手袋=手袋が使用される可能性のある場所全て(時には創作物内)に落ちていたり、拾われていたり、役割があってわざとだったり、売られていたりする片方だけになっている手袋」

ふう。少々長くなったがこれでようやく…“片方”?




突然ですが皆さん、この三枚の写真を見て下さい。

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全部、両手袋である(余談だが、私は片手袋が基本になっているので、ついこの“両手袋”という単語を使ってしまうが、それは普通“手袋”と言えば済む話なのだ、と最近気付き自分の病の重さに愕然とした)。
しかし左から右になるにつれ、徐々に手袋と手袋の距離が離れている。

さて、それでは問題。
「この手袋と手袋の距離がどれくらい離れたら両手袋ではなく、片手袋が二つと言えるようになるのか?」

手袋と手袋の距離が数cmであれば、それは誰が見ても両手袋。
でも片方が車などに弾き飛ばされて数百mの距離が離れたら、それは片手袋が二つと認識すべきだろう。
でもその境界がどこにあるのかなんて誰にも分からない。




もっと難しい例もある。

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それぞれ放置型と介入型の片手袋。しかしよく見れば全く同じ柄。




それもそのはず。

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この二枚は僅か数十m離れて全く違う運命を辿った、おそらく元々は一組であったであろう片手袋なのだ。
これは距離がそれほど離れていなくても、片手袋二つと認識するのが自然に思える。




これも見て頂きたい。

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二組の両手袋。
しかし一番右端の一枚だけが下に落ちている。おそらく乾かしている最中に落ちてしまったのだと思うが、なんとなく“片手袋感”が出てしまっている。
もはや両揃いでも状況次第では片手袋に見えてくる可能性まで出てきた。




だが逆に“片方なのに両方感”が出ているパターンもある。例えばこれ。

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落とされた者同士、必死に支え合っているかのようで孤独は感じない。




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こういった「二重片手袋」パターンからも“片手袋感”があまり感じられない。

このように我々が何をもって片方だと認識するかは、状況や状態によって変わってしまう曖昧なものなのだ。
誰よりも深く思っているはずの恋人と一緒にいても、「今私はこの世の中に独りぼっちだ」と思ってしまう瞬間もあるし、独り者が集まった深夜の映画館で妙な連帯感を味わう事もある。





☆最大の疑問、手袋って何?

まあ、例外を根本に据えてしまっては話が一向に進まない。とりあえず常識的な範囲で、

「片手袋=手袋が使用される可能性のある場所全て(時には創作物内)に落ちていたり、拾われていたり、役割があってわざとだったり、売られていたりする、目の届く範囲では両方の状態になく一つだけになっている手袋」

と定義しておこう。
長くなってしまったが定義は厳密でなければならないのだから仕方…いやいや、もう一つ気になる事があるぞ。

“手袋”って何なんだ?




多くの人は手袋と聞くとファッションや防寒用のものを思い浮かべるだろう。

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私は最初に出会った片手袋が軍手だったので、幸いその過ちは犯さずに済んだ。




しかし研究を続けていくうちに、軍手と同じく作業用の手袋ではあるがもう少し重厚感のある手袋に出会ったり、

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▲分類図第一段階では重作業類として分類




主に医療や食品の現場で使われる使い捨てタイプの手袋の存在に気付いたり、

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▲分類図第一段階ではディスポーザブル類として分類




ゴム手袋も当然片手袋になっていたり(特に築地に多い)、

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思えば片手袋研究の歴史はそのまま、手袋が担っている役割と用途の多様さを知る歴史でもあった。
私は断言する。「人間の作業現場に必ず手袋あり」。




また、分類図には組み入れていない(今までに出会った数が少ない)ようなレア物もある。
例えばこれは肘まで覆われているタイプ。日よけ用だろうか?

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これは未だに用途が判明していないメッシュタイプのもの。

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そもそも他の手袋と比べて使用頻度の低そうなものもこうして片手袋になっているのを見ると、先ほどの言葉にもう一言付け加えなくてはなるまい。
「人間の作業現場に必ず手袋あり。そしてそれらは須らく片手袋になる可能性ありと認識すべし」。




しかし、今までのはまだ誰が見ても「手袋」だ。
私が最初に「手袋って何なんだ?」と疑問を持ち始めてしまったのがこれ。

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介入型のグローブ。
「手を保護する」という役割は手袋において重要なものだが、だとすればグローブは手袋なのではないか?

そういえば野球の歴史を辿るような展示で、限りなく厚手の手袋に近い初期のグローブを見た事ある気がする。
しかもグローブは必ず片方だけで使用するのだから、「実用型片手袋」に分類出来るではないか!




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このように指だけちぎれて落ちていた軍手も私を惑わせる。
これは確実に片方だけの手袋だ。しかしあくまで“片方だけの手袋の一部”なのだ。




「指一本だけでは片手袋として認識できない」と言われるかもしれないが、

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このようにボロボロになってしまった片手袋は手袋として認識できるのだ。
ならばどれくらいの欠損であれば片手袋として扱って良いのか?

ああ、また境界線の問題だ…。





☆謎は解明できなくても面白い

でもね、分からないものはひとまず保留して前に進む勇気も時には必要ですよ。
とにかく私は、片手袋を定義しなくてはいけないのだ。土台を作らなければ城は立たない。


「片手袋=手袋が使用される可能性のある場所全て(時には創作物内)に落ちていたり、拾われていたり、役割があってわざとだったり、売られていたりする、目の届く範囲では両方の状態になく一つだけになっている、ファッション・防寒・保護・滑り止め・衛生・日焼け止めという様々な目的の為に布やゴムや革やメッシュなどあらゆる素材で出来た手(時には肘の辺りまで)を覆うもの」


おい、なんだよこれ?
片手袋を分かりやすく伝える為に定義を明確にしようとして始めた事だったのに。

しかも、これでもまだ疑問や謎はすべて解明された訳ではない。
例えば最近気になっているのは、捨てられてしまった片手袋の存在。使用後に汚れてしまった軍手などは、無意識ではなく意図的に捨てられてしまう事も多々あるようなのだ。でもこれは撤収された工事現場跡などを見ていて何となく感じただけなので、まだ断言する事は出来ない。

ここまで長くなってしまった定義もまだ暫定的なものでしかないとは…。
しかもこれ、何度も言うが「片手袋とは?」という片手袋研究における最初の段階の話で、これ以外の問題も完璧な答えに辿り着いているものはほぼ皆無なのだ。
十数年間、私は何をやっていたのだろう?


だが本当の事を言うと、知れば知るほど分からなくなるという状態に若干の快感を覚えてしまっているのも確かなのだ。謎というのはそれを解明し答えに辿り着く事だけでなく、謎が謎である事そのものにも面白味があるのだろう。

本当に恥ずかしながら、自分が研究しているものが何なのかすら分かっていないのに片手袋研究家を名乗っている私ですが、今年も様々な疑問や謎に挑みながら『この世界の片手袋に』を綴っていきたい。
どうかお付き合いの程よろしくお願い致します。




追伸

まだ詳細はお伝え出来ませんが、2/12(月、祝)の夜、東京別視点ガイドの松澤さんと片手袋のイベントを行います。
興味のある方は、是非スケジュールを空けておいて頂けると有難いです。



【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。