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その道30年。片手袋研究家、石井公二さんによる連載「この世界の片手袋に」の第9回。
マニアに子どもが出来るとどうなるのか。マニア特有の独特な夫婦関係、親子関係に切り込んでいます。

 



【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。


マニアと結婚


漫画などで「あの人、結婚して守りに入っちゃったな」というセリフを目にする事があるが、私には全然意味が分からない。
片手袋研究などというふざけた活動に命を懸けているような男が、一緒に人生を共にしてくれるパートナーを見つけ家庭を築く。守りどころか、間違いなく人生で一番の大勝負である。


と、言いつつ…。

妻と結婚する前、嫌われたくないので片手袋研究の事を必死に隠していた。
デートの最中に見つけてしまったら、その場は知らんぷり。別れてから大急ぎで戻って撮影である。技あり!

ところが結婚してこの趣味をカミングアウトしてからは、むしろ気が楽になってどんどん妻を巻き込むようになってしまった。
結婚前が嘘のように、二人で出掛けている最中でも片手袋撮りまくり。
その結果、今では撮影していても妻は無言でスタスタと先に行ってしまうようになった。



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▲左後方に写り込んでいる後姿が妻

だが、基本的には私の妻は片手袋研究を応援してくれている。
片手袋の話を聞いている時の表情こそ「笑顔→苦笑→無表情」と変化してきたが、「もうやめて欲しい」などと言われた事は一度もない。
それどころか、2013年に神戸ビエンナーレで制作したインスタレーションでは、コンテナ内に吊るす布(150cm×220cmくらい)20枚を、全てミシン掛けして貰ったりした。大変な作業量である。



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結婚相手に「片手袋研究」などという謎の趣味をカミングアウトされたと思ったら、今度は「俺っち、現代美術に挑戦してみるわ!ミシン掛けよろしく!」などと言われてしまった妻の困惑。
それを考えると、本当に申し訳ない気持ちと感謝で胸がいっぱいになる。



マニア、父になる


そんな我々夫婦がある日、子供を授かった。
出産当日、妻は難産に苦しんでいた。私は痛みを軽減する為、お尻にテニスボールを押し当てる位しか出来ないのだが、それすらも上手く出来ない。

「お父さんはちょっと外で休んでいてくださいね」

看護婦さんに優しく促されたが、要は邪魔になっていたのだろう。私は病院の外で缶コーヒーを飲みながら、

「俺って何の役にも立たないな…」

と真剣に落ち込んでいたが、目の前に片手袋がある事に気付いた。その途端、

「やったぜ!」

とすぐさま撮影していたのだから、本当に役立たずである。



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▲今考えると子供用手袋だったのが暗示的である

幸い長時間に及ぶ妻の頑張りによって、子供は元気に生まれてきてくれた。
ちなみに子供が生まれた瞬間、私は誰よりも早く号泣してしまい、それを見た妻はむしろ冷静になってしまったというから…。ああ、とにかくタイムマシーンに乗ってあの時の自分をぶん殴りたい。


とにかく、片手袋研究などというふざけた活動に没頭して妻に迷惑をかけている男は父親になったのだが、すぐにある不安が胸に去来した。

そう遠くない将来、私は子供に嫌われてしまうんではないだろうか?子供自身が親の変な趣味に嫌気がさしてしまう事もあるだろうし、周りの友達から「あんたのお父さん、変態だよね?」などと言われて傷ついてしまうパターンもあるだろう。ああ、どうやったら可愛い我が子に嫌われずに済むのか?」

子供が生まれたその瞬間から、私は自分の趣味との付き合い方を考え直さなければいけなくなった(ちなみに片手袋研究をやめる、という選択肢は一切なし)



予想外の展開


しかし、子供が成長するにつれ、事態は全く予想していなかった展開を見せる。まあ、それも元はと言えば私のせいなのであるが。

子供がようやく歩けるようになった頃から、外を歩いていて片手袋を見つけると当然のように「横に入って。一緒に撮るから」などとやっていた。



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不思議な事に子供にとって大事な節目に必ず片手袋が現れたりもするので、そういう時も一緒に記念撮影していた。



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▲七五三の晴れ着を最初に見せたのは片手袋

その結果、片手袋と一緒に写真を撮ってもらう事は、子供にとっても自然な行為になってしまったのだ。



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これは保育園の卒業式からの帰り道なのだが、この時はもはや私が何も言わなくても、いつの間にかすっと横に立っていたのである。

その様子を見て初めて私は「これはちょっとマズいかもな」と思った。片手袋研究という意味不明な趣味を嫌がられるんじゃないか?と怯えていたのに、生まれた時からずっと片手袋に触れさせていたせいで、むしろ子供にとっては“当たり前の日常”になってしまっていたのだ。

こんな事を当たり前だと思わせたまま成長させるのは、私が嫌われる以上に問題だ。



子供の口に戸は立てられぬ


子供が片手袋に対し何の違和感も持っていない事は、すぐに家庭外でも問題を引き起こし始めた。

私は子供に関わりのある生活圏(ご近所、保育園等)では、絶対に片手袋の事を言わないようにしていた。私自身が馬鹿だ変態だ、と言われるのはしょうがない。
しかし、子供には何の罪もないのだ。



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例えばこの写真。うちの子とその友達家族と遊園地に行った時に見つけた片手袋なのだが、怪しまれないようすぐには写真を撮らなかった。みんながトイレに行ったタイミングで、大急ぎで撮影をしたのである。
私だってTPOはわきまえている。


そんな風に気を使っているのに、何故か片手袋研究を知っている人がぽつぽつと現れてしまう。
何故か?肝心の子供が自分で周囲に喋ってしまうのだ。

ある日、保育園のお迎えに行ったら、

「お父さん。片手袋って何ですか?」

と先生に聞かれた。私は一瞬で青ざめてしまった。うちの子供が自ら先生に片手袋研究やタモリ倶楽部に出演した事を喋ってしまったのだ。そんな感じで職員室の先生から一部の保護者の方、そして子供の友達に片手袋活動はどんどんバレていった。


しかし、これは思っていたより問題にならなかった。むしろ近所の子供が手編みの片手袋を作ってくれたり、

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そのお母さんが吹きガラスで軍手類放置型の片手袋を作ってくれたりした。

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皆、最初は驚くものの、なんとなく笑って楽しんでくれているようだった。


だが安心してはいけない。小学校に上がれば、子供達も色んな事を理解し始める。
子供が保育園を卒業し小学校に進学するタイミングで、私は再び気を引き締める事にした。

…と思った矢先、児童館の先生が連絡帳に書いてきたメッセージがこちらである。



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▲あと片手袋研究所の話を聞きました!面白いですね!!今度テレビ等に出演される時は、是非教えてください。

すぐバレた。しかも妻が返事で謝っている。
この頃にはさすがに「あまり外で片手袋研究の事言うなよ」と注意していたのに、どうして分かってくれないのか?お前の為なのに!


また、こんな事もあった。ある日、「私もポケモンGOをやりたい」と言ってきたので、私は冗談のつもりで、「お前は誰の子供だと思ってんだ。ポケモンGOじゃなくて片手袋GOを極めなさい」と諭した。
すると怒るどころか、「あ、そうだよね!」と言って、すぐに持ってきたのがこちら。



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段ボール製のお手製「片手袋GO」である。素直に聞いちゃったよ!

近所の薬局が父の日の似顔絵を募集して店内に張り出してくれる、という企画の時も驚いた。
うちの子も描いてくれたというので見に行ってみると、



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しっかり片手袋が描き込まれていた。
学校どころか、近所中に曝け出してるよ!
そして決定的に、「あれ?こいつ…」と思ったのは、この片手袋を撮っている時の事だ。



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割と人通りがある中コソコソと撮影していたら、突然横にいたうちの子供が、

「はい、今、片手袋研究家の石井公二が写真撮ってるよ~。うちのお父さんは撮るよ~。全部撮っちゃうよ~」

と、物凄い大声&ドヤ顔で通行人にアピールし始めたのだ。
私は慌てて止めたが、子供は何がいけないのか分かっていない様子だった。
この時ようやく気付いたのだが、うちの子供は片手袋研究家の父親を恥ずかしがるどころか、むしろ誇りに思ってくれているようなのだ。
生まれた時から父親が熱心に取り組んでいる事があって、しかも、なまじ時折テレビに取り上げられたりもするから、「うちのお父さん、凄い人なんだ!」と勘違いしてもしょうがない環境だったのだろう。



冷静と情熱のあいだ


こうなると嫌われるより問題は複雑だ。まさか自分から「お前のお父さんは変人なんだ」と言う訳にもいかないし、「何でも良いから夢中になれる事を探しなさい」というのは物凄く伝えたい事でもあるし。でもそれは片手袋研究みたいな事ではない気がするし。

それより何より、子供を叱る時に説得力がないのも大問題だ。父親に似て路上に落ちてるものが気になるらしく、釘やらBB弾やらなんでも拾ってきてしまうのだが、



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▲この前は大麻らしきものを拾ってきたよ

「落ちてるものなんて気にしないで、まっすぐ帰ってきなさい!」

なんてどの面下げて言えるんだ?

放送はされなかったが『マツコの知らない世界』に出演した時この悩みをマツコさんに打ち明けたら、「いいオッサンになってもアンタその趣味で色々と苦しんでるのに、お子さんにまで背負わせるのはやめなさい!」と諭されたな~。

ちなみにここでも可哀想なのは妻で、「ご主人、テレビに出たんですって?」と学校で遠回しに聞かれると、秒速で「なんか、ごめんなさい!」と謝る癖がついてしまっているのだ。そんな妻の背中を見ていると、ある一つの仮説が浮かび上がってきた。



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この写真、妻の幼少期のものなのだが、なんと後ろに片手袋が映り込んでいるのである!

ずっと「私は片手袋に呪われている」と思っていた。
だが結婚した相手に「片手袋」などという謎の趣味をカミングアウトされた挙句、出産中には片手袋撮影をされ、生まれてきた子供も片手袋に乗り気で、なおかつ自分の幼少期の写真に既に片手袋が写り込んでいる事を考えると、呪われているのは妻なのかもしれない(無責任過ぎる結論)。

とにもかくにも、色々問題はあるにせよ応援してくれる妻がいて、尊敬してくれる子供がいるのだから非常に心強いのは間違いないのだが…。普段は「そんな家族の為にも適度な距離を保って片手袋とは付き合おう」と冷静に考えていても、いざとなると瞬時にバランス感覚を失い暴走してしまう恐怖。
これこそ、片手袋の呪いなのである。

「せっかくの休みだから、みんなで葉山に行こうよ!“葉山女子旅きっぷ”なんてお得なものもあるみたいだし」

などと楽しそうな提案を家族にしておきながら、いざ葉山に着いてみれば真の目的は鎌倉近代美術館で開催されているマックス・クリンガー展を見に行く事だったりするのだから本当にタチが悪い(※マックス・クリンガーは1881年の段階で既に片手袋を題材にした版画を制作している、片手袋界のレジェンド)。



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人には理解されづらい変わった趣味をお持ちの皆さん。
何よりも大切にしたいと心から思っているパートナーや子供や家族なのに、結局趣味に巻き込んでしまう自分への恐怖。分かって貰えますか? 

※ちなみに最近うちの子は、「私は落ちている靴の写真を撮ってお父さんと組めば、完璧じゃない?」などと言い出した。



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片手袋同人誌「暮らしお役立ち 片手袋分類図鑑」も売ってるよ。
これ1冊あれば、道で手袋を発見しても安心だ!

サイズ:A5 ページ:40

【目次】
●はじめに
●片手袋分類図
●第一段階「目的で分ける」
・軽作業類/重作業類/ゴム手袋類/ディスポーザブル類/ファッション・防寒類/お子様類
●第二段階「過程で分ける」
・放置型片手袋/介入型片手袋/実用型片手袋/
●第三段階「状況・場所で分ける」放置型編
・道路系/横断歩道系/電柱系/バス停系/雪どけこんにちは系/田んぼ系/海辺系/深海デブリ系/籠系/駐車場系
●第三段階「状況・場所で分ける」介入型編
・ガードレール系/三角コーン系/電柱系/バス停系/棒系/掲示板系/フェンス系/植込&花壇系/室外機系/消火器系/ゴミ捨て場系/落とし物スペース系
●片手袋の形状一覧
●おわりに




【筆者】

片手袋研究家 石井公二 片手袋大全twitter

 著者近影小学校1年生から路上に落ちてる手袋に注目して30年。